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世界進出 発祥の地の夢仕込み
焼き魚に目玉焼き、卵かけご飯に欠かせないのはアレですよね。世界一のしょうゆを造りたいー
しょうゆ発祥の地とされる和歌山県湯浅町の会社「湯浅醤油」はそんな思いを掲げます。その先に見据えるのは地域のにぎわい。夢は広がります。
和歌山県中部の西岸に位置する小さな港町、湯浅町。湯浅醤油で昨年12月、国内最大級の国産杉の木樽2基がお披露目された。
新古敏朗社長(56)は、関係者らを前に思いを語る。「江戸時代に92件のしょうゆ屋があったが、どんどん減った。このままじゃいかんと。湯浅をまた盛り上げたい」
子供の頃から、故郷とは釣りとミカンのまちだと教わった。「しょうゆ発祥の地」のはずなのに、近所にしょうゆ屋は数軒しか残っていない。
歴史を復活させる、との思いで家業であるみそ造りを続けてきた。5代目になった時に世界へ打って出ようと決めた。
目をつけたのが、「美食の国」フランス。2014年、ワインの産地として有名なボルドー兵器、複数のワイナリーを視察した。木樽で熟成させる製法は同じ。こうじ造りの技術取り入れれば、現地で醤油が造れると思い立った。
コロナ渦が落ち着いた頃。現地の生産者から「しょうゆ造りを一緒にしたい」と申しでが届く。
小麦と大豆の割合が同じで1年ほど熟成させる濃い口の「ノワール」と、9割が小麦で半年ほど熟成させた白しょうゆの「ブランシュ」の2種類が完成する。24年に現地で売り出すと、用意した7千本が3ヵ月で売れた。日本にも1千本を予定していたが、その売れ行きのあまり、届けられたのは200本だけだった。
「わりにええとこばっかり言うてますけど、実は、こうじ造りはトラブル続きやった」。現地での裏話を、新古社長が明かす。
機材などの設備は古く、冷却ファンやヒーターが故障した。雨が降れば停電した。現地の人は時間にもおおらか。作業時間になっても現場に来ない。昼食時にワインを飲みながら話し込んでいた。仕事の話かと思ったら、「世間話やった」。
それでも、技術指導の2週間は寝泊りして家族のように過ごした。次第に関係が築けた。教えたことに「100%信頼している」と言われた。おおものをつくろうとする熱意は同じだった。
フランスのしょうゆ造りが好調となり、尾まではカナダやスペインなど他の国・地域からも声がかかる。
世界へ目を向ける一方で、同社は地元の観光にも力を入れる。
蔵の見学や、もろみの熟成を促すためにかき混ぜる「櫂入れ」の作業体験もできるようにした。すると旅行会社のツアーが立ち寄り、観光バスで団体客が訪れるようになった。
湯浅町観光協会によると、問い合わせの半数は「しょうゆ」が目当て。蔵の見学ができる同社を案内しているという。
新古社長は立ち止まらない。「海外から注目されれば、この湯浅が光る。『湯浅に行かなあかんで』って言ってもらえるような地域にせなあかん」(松永和彦)
湯浅醤油
1881年層状の「丸新本家」のしょうゆ製造部門として2002年に設立された。独自のうまみと香りを生み出す木樽仕込みを続ける。和歌山県湯浅町湯浅に本店を構え、直営販売店は県内4か所。従業員18人。燃焼約3億円。しょうゆの製造・販売のほか醤油蔵の見学も受け入れている。
代表的な商品は「湯浅醤油 生一本黒豆」。
現場統括部長の塩谷正人さん(46)
別会社の社員だったが、社長の「まちを盛り上げたい」との気持ちにひかれ。面接を受けるも2度の不採用。会社を辞めて挑んだ3度目で採用に。「お客様が納得して買ってくれる商品を作ります」
